雲の無い木曜の夜明けに想い出に浸る

ねえみんな、「子供」のことを考えてみよう。さほど難しく考える疑問は無いと思うんだよ、「兄ちゃん」のことはね。

ねえみんな、「子供」のことを考えてみよう。さほど難しく考える疑問は無いと思うんだよ、「兄ちゃん」のことはね。

怒って叫ぶ弟と僕

会社で必要性のある竹を定期的に受け取れるようになって、良かったのだが、しかし、竹が障害となっていて積極的に持っていってほしがっている山の持ち主は、私が仕事で使いたい量以上にモウソウダケを取って帰らせようとするのでちょっと困る。
あきれるほど多く運んで帰っても捨てることになるのだが、太い竹がムダでしょうがないらしく、運んで行ってくれとしきりにお願いされる。
こちらも必要なものをいただいているので、強く言われたら断れない。

よく晴れた週末の夜明けに焼酎を
子供とのコミュニケーションをとればとるほど、自分の子供はものすごくなついてくれる。
生後、1年までは、会社の仕事がとってもめまぐるしく、会うことが少なかったため、たまたま顔をあわせても慣れてくれなかった。
父なのにとやるせない気持ちだったが、会社の業務が忙しいからとあきらめずに、しょちゅう、休みの日にお散歩に連れていくらようにした、抱えても、お風呂でも泣かれないようになった。
今では、仕事で出かけていく時、私が行くことが悲しくて泣いてくれるのが嬉しい。

どんよりした仏滅の午前は冷酒を

名の通った見学箇所であろう、斑鳩寺、つまり法隆寺へ出向いた。
法隆寺だけという伽藍配置も十分見せてもらい、五重塔、講堂も見学できた。
博物館では、国宝にも指定されている玉虫厨子があり、想像よりも大きなものだった。
法隆寺について知るには多分、かなりの時を欲するのではないかと感じている。

前のめりで歌う母さんと電子レンジ
御盆が間近になって、とうろう流しなどのイベントが近くで実行されている。
近郊の観光施設では、竹や木で作り上げられたとうろうが据えられていた。
近辺の観光施設では、夜更けには電気のライトは付けられてなくてなくて、ろうそくの照明だけというのは、たいそう良かった。
竹やペットボトルの中で明かりが灯っており、繊細な灯りになっていた。
繊細な照明がそこらの木々を煌々と照らしていてたいそう眩しかった。

ゆったりと大声を出す君と枯れた森

ふつう、できるだけ無地のファッションが好きな私は、もちろんビックリされるけど。
靴下やポーチや時計まで揃っていて、全部身につけたいと考えれば節約生活になりそうだ。
なんとしても、ファッションは夢中になってしまう何かがある。

雨が降る木曜の日没に歩いてみる
まだ行ったこともない寒い国、ロシアに、必ずいつか行けたらいいなという目標がある。
英語に行き詰った時、ロシア語をかじってみようかと思い立ったことがある。
結局、書店で読んだロシア語のテキストだけで即やる気をなくした。
動詞活用形が突き抜けて多かったのと、私にはできないあの巻き舌だ。
旅行としてウォッカとロシアの料理を目標に行こうと思う。

笑顔で熱弁する母さんと霧

少年は、今日は学校の給食当番だった。
マスクと帽子をつけて、白衣を着て、他の給食係達と、本日の給食を給食室へ取りにいった。
今日の主食は、ご飯じゃなくてパン。
バケツみたいにフタつきの大きな鍋に入ったスープなんかも。
少年は、最も重い瓶入り牛乳だけは、男子が持たなければならない、と思っていた。
クラス全員分だから38本ある。
なので自分が、バットに入った牛乳を持ったけれど、同じ給食当番のフーコちゃんが一緒に持って運んでくれた。
牛乳は重いので女の子には持たせたくなかったけれど、クラスで前から気になっているフーコちゃんと教室まで一緒に歩ける、と思った少年は、少しドキドキしながら、何も言わずに2人一緒に牛乳を持つことにした。

ぽかぽかした木曜の朝に歩いてみる
絵画や写真といった芸術観賞が好きな方だと思うし、デッサンも描けるのに、写真が非常に苦手だ。
しかし、昔、上機嫌で、ソニーの一眼を宝物にしていた時もあり、どこに行くにも持ち歩いたりした。
笑えるほど視点が合わないし、変わったアングルなので、一眼レフがかわいそうだった。
それは置いておいても、撮影や現像はどう考えても、最高にカッコイイと思った!

ゆったりとダンスする弟と電子レンジ

少年は夜中の3時に起きてしまった。
夏休みに入って1週間ほど経った夏だった。
暑くて寝苦しくて目が覚めてしまったのだ。
扇風機はぬるい風しか送ってこず、全く涼しくならない。

眠れないし、お腹も空いたので、少年はカレーを作る事にした。
冷蔵庫の中を確認し、野菜と肉を切って、炒めたり煮込んだりした。
夜が明けるころには、家中に美味しそうなカレーのいい匂いが漂ってきた。

天気の良い金曜の明け方はシャワーを
このごろ、フィクションを読みふけるのは少なくなったが、過去に水滸伝の北方バージョンに熱中していた。
違う作者の水滸伝を見た時は、つまらなくて不満で、没頭することはなかったが、北方謙三さんの水滸伝を読みふけったときは、興奮して、読むのが止まらなかった。
会社の昼休憩や帰ってからの夕食中、お風呂でも読み進めて、1日一冊ずつ精読していた。
作中人物が人間くさく、雄々しいキャラクターが大変たくさんで、そういったところに熱中していた。


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